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生命の理力2 無極のカタチ

前回のたとえを続けますと。

「無極」とは、実体である“肌”そのものの形に相当します。

それは無や有といったものにさえ、制限されません。

親指は太くて短い。人差し指は細くて長い。

では、肌そのものは太いか細いか。短いか長いか。

聞かれても答えられませんよね。

かといって、大きさがゼロなのかというと、そういうわけでもない。

というより、形があるとかないとか、そういう次元に与していないわけです。

そしてだからこそ、それらが織りなすあらゆる形になることが出来る。

この絶対無たる無限性こそが、“is-ness”という存在そのものの在りようだということが出来ます。

「在る」ことの対がまさに存在しないように、無極なるカタチは普遍かつ不変。

「無限」の外にあるものは存在しないからです。

全てのカタチあるものは変化しますが、それは変化するべきいかなるカタチも持ちません。

本の中で述べたように、この「無極」は、特定のカタチである客体に属さない、主体である「自己」の本質そのものでもあります。

私たちは、その本質に「絶対」と「永遠」を宿しています。