「自分」という尊厳

前述のように、私たちは宇宙自然を織りなす理法、神秘的な叡智の顕れとして生を受けている、一人ひとりがかけがえのない存在です。

けれども自分という存在が、この大いなる力から切り離されて独自に生きているのだと錯覚してしまうと、悲劇が起こります。

広大かつ未知なる世界の中で、ちっぽけで儚いモノにすぎない自分自身を守るために、不断の争いの中に身を投じざるを得なくなるのです。

 
そうして自己を不完全な存在として見なすようになると、その不安や欠乏を補うために、必死になってその代わりとなるものを世界から手に入れようとします。

けれども全てを得るのは難しく、仮に得たところで、そこにしがみ付こうとすればするほど、自分自身に不安や欠乏を抱いていることの裏返しにすぎませんから、結局は満たされることが出来ません。

こうして、ゴールの見えない、際限のない奪い合いの世界が展開されることになるわけです。

 
このような在り方から脱却し、本当の意味で満ち足りた生を歩むためには、私たちはまずもう一度自分自身の完全性を思い出す必要があります。

自らの奥にある“生命”との繋がりを取り戻し、「自分」という存在のかけがえのなさ、その奇跡のような輝きに、改めて想いを馳せる必要があるのです。

 
次ページへ〈生命の交響曲〉